月別アーカイブ: 2015年6月

6/28 OA楽曲とコメント

「公ちゃんの黄昏ドキはcello気分」公開録音イベント開催のお知らせ

日時:2015年7月19日(日)午後3時から およそ一時間

場所:甲府市川田町 アリア  マイスターホール

出演:住野公一・春ななみ ゲスト:齋藤律子(ピアニスト)

応募締切:7月10日(金)24時

好評につき第二回目の公開録音が開催決定!抽選で80名様を無料ご招待です。FM FUJIのホームページから、ご応募お待ちしています!!http://www.fmfuji.jp/topics/1507/19_cello.html

 

リヒャルトシュトラウス

リヒアルト・シュトラウス作曲:チェロ ソナタ ヘ長調Op.6
演奏:ルイス・クラレットvc
シュトラウスが18歳の時、丁度ミュンヘン大学に入学した年に書かれた作品。シュトラウスはチェロの低音を好んでいたらしいです。それは彼のお父さんがミュンヘン宮廷歌劇団のホルン奏者だった事も有るんでは無いかと思います。
名曲の影に名演奏家有り、の法則通りこの曲も一人のチェロの名手との出会いがキッカケとなっています。そのチェリストはお父さんと同じ職場であるミュンヘン宮廷歌劇団の首席チェリストだったヴィーハンでした。シュトラウスはチェロソナタを作曲する一年前に弦楽四重奏曲を作曲しましたが、その曲の初演をしたカルテットのチェリストがヴィーハンだったんです。それ以来ヴィーハンと仲良くなって結局チェロソナタを書いてしまいました。初演は当然ヴィーハンがニュルンベルクで行い評判は良かったそうです。それに気を良くしてシュトラウスはチェロの作品を再び書き始めるのですがそれはコンチェルトでした。しかし、オーケストレーションが上手くいかず結局コンチェルトでは無くチェロと管弦楽の為のロマンスと言う曲に形を変えて出版されました。
P.チャイコフスキー作曲:弦楽セレナーデ ハ長調より3楽章 エレジー
演奏:若き日のチェリスト黒川悠一郎さんが所属していた玉川学園中学のオーケストラ
チャイコフスキーと言えばフルオーケストラで多彩な楽器を駆使した管弦楽曲が頭に浮かぶのですが、この曲は弦楽器だけのオーケストラの為に書かれた作品です。4楽章形式で、2楽章は有名なワルツです。チャイコフスキーはワルツがいいですね。お掛けしたのは3楽章エレジー悲しみの歌です。本当にチャイコフスキーのメロディーは素晴らしいです。

6/21 OA楽曲とコメント

「公ちゃんの黄昏ドキはcello気分」公開録音イベント開催のお知らせ

日時:2015年7月19日(日)午後3時から およそ一時間

場所:甲府市川田町 アリア  マイスターホール

出演:住野公一・春ななみ ゲスト:齋藤律子(ピアニスト)

応募締切:7月10日(金)24時

好評につき第二回目の公開録音が開催決定!抽選で80名様を無料ご招待です。FM FUJIのホームページから、ご応募お待ちしています!!http://www.fmfuji.jp/topics/1507/19_cello.html

 

cello気分 6月21日

杉山長谷夫作曲:出船
演奏:モーリス・マレシャルvc
戦前のフランスを代表するチェリスト、マレシャルは2回来日しておりその時にコロンビアレコードにかなり沢山録音してます。そうです、昔はSPレコードと言って78回転/1分間のレコードでした。ですから、出船の様な短い楽曲はSPレコードの片面に丁度入るのですが長い例えばベートーベンの交響曲“合唱”等の1時間を超える作品は10枚を超えるレコードを取っ替え引っ換えて聴いていました。マレシャルがそんな時代に日本で録音してくれた事は非常に嬉しい事ですね。チェロ好きの宝です。録音してくれたのはフランスの曲の他に日本の主に歌曲を録音しています。この出船もそんな中の一曲です。
作曲は杉山長谷夫でこの曲を”我らがテノール藤原義江”が歌って大流行したらしいです。藤原義江とは戦前ー戦後にかけて日本を代表するオペラ歌手で、日本人として初めてロンドンでリサイタルを開いた人です。別れましたが奥さんだった藤原あきさんはテレビによく出ていてその知名度を使って参議院全国区から圧倒的な得票数で当選しテレビの力を国民に見せつけたひとです。藤原あきさん以後テレビによく出ていて知名度が有るだけの人を自民党が議席確保のために出馬させて来ました。その元祖的存在です。又、藤原義江さんは藤原歌劇団を結成して日本でのオペラの普及に貢献されました。
マレシャルは恐らく来日してこの曲を知り楽譜を見たと思うのですが何とよく感じをつかんで表現していますね。

 
アレキサンダー・ボロディン作曲:弦楽四重奏曲第二番より第2楽章ノクターン
演奏:松田 学さんがチェロを勤めて居る弦楽四重奏団
ボロディンは時々素晴らしいしメロディーを書きますね~。彼が創作したメロディーの中で恐らく一番美しいのではないでしょうか?しかもそれをチェロが演奏するんです。チェロ弾きなら一度はやって見たい曲じゃないでしょうか?

6/14 OA楽曲とコメント

モーリス・マレシャル

ガブリエル・フォーレ作曲:エレジー
演奏:モーリス・マレシャル
僕が東海正之先生に師事して初めてチェロの小品を教えて貰った最初の曲がこのエレジーでした。美しくも悲劇的なこの曲は単に優しく弾いたりしても曲にならないですね。悲しみとか悲しいがそれをどうしようも出来ない悔しさ、怒り、又、優しさ、憧れ、夢の様な感情を時にはリアルに時には幻想的に演奏しないといけない曲の様に思えます。そこが難しい所ですね。
マレシャルは言わばお国ものですが、この曲を得意にしていてよく演奏会に取り上げたと聞きます。
マレシャルの演奏は決して気品と優雅さを失う事が無くこの曲を表現している様におもいます。

 
A.ドボルザーク作曲:ピアノトリオ“ドゥムキー”より第1楽章
演奏:チェロ=松田 学、ピアノ=奥様、ヴァイオリン:所属オケのコンサートマスター
政治家の方にこの番組に登場して頂いたのは初めての事ですね。僕の中では政治と音楽と言うのは結びつかないものです。しかし、今回出演頂いた松田さんは(世間では松田先生と言わねばならないのでしょうが)政治と音楽は同じであるといわれました。どちらもコミュニケーションの産物であると言う点で共通してるらしいです。確かにそうですね。聴き手とコミュニケーションしない音楽と言うのは有り得ません。聴衆と共に音楽を作り上げてゆく事が大事だと僕は思ってます。室内楽においては共演者との演奏中のコミュニケーションは欠かせません。共演者や聴衆の反応や共鳴によって音楽が変化してゆくのがアンサンブルの醍醐味じゃ無いかと思います。
松田さんはドゥムキーを録音された当時大蔵官僚の第一線で活躍されておられた様ですが、仕事と音楽を両立させる事はかなり厳しい事だったと思います。
でも、出来る人は出来るんですね。

6/7 OA楽曲とコメント

「公ちゃんの黄昏ドキはcello気分」公開録音イベント開催のお知らせ

日時:2015年7月19日(日)午後3時から およそ一時間

場所:甲府市川田町 アリア  マイスターホール

出演:住野公一・春ななみ ゲスト:齋藤律子(ピアニスト)

応募締切:7月10日(金)24時

好評につき第二回目の公開録音が開催決定!抽選で80名様を無料ご招待です。FM FUJIのホームページから、ご応募お待ちしています!!http://www.fmfuji.jp/topics/1507/19_cello.html

 

カサド・原智恵子

ガスパール・カサド作曲:レクイオブロス(親愛の言葉)
演奏:ガスパール・カサドvc、原智恵子pf
原智恵子さんは小さな時にパリに留学して日本人で初めてのショパンコンクールに出場し、12位と言う成績だったのですが、コンクールを聴いていた聴衆がその判定がおかしいと騒ぎだし、主催者はやむなく特別聴衆賞と言うのを作って彼女に贈呈し、ようやく騒ぎが収まったとの事で、昔はやっぱり、人種的偏見が有ったんでしょうね。ヨーロッパの人にとっての世界とはヨーロッパの事で、第1次世界大戦はヨーロッパ内の戦争で有ったにも拘らず世界大戦と言うタイトルがつけられてます。
ヨーロッパ人以外はだいたい野蛮人で、その野蛮人がピアノを人間、この場合ヨーロッパ人の事ですが、よりも上手に弾くことが許せなかったのでしょうね。原さんはパリで音楽教育を受けられたのでちょっと日本人離れしてたところが有るんでしょうね、帰国してから日本ではあまり絶賛されてないんですね。日本で結婚してパットしない演奏家の道を歩いていたらスペインからカサドがやって来て、共演。カサドは彼女の音楽性と美貌に惚れ込みます。彼女もカサドの紳士的な物腰、情熱、音楽性に参ってしまいカサドがイタリアに帰ってしまった後追いかけるようにイタリアに行きます。彼女もご主人も居て家庭も有るのに飛び出してカサドの元に行ってしまいます。何と言うロマンスですね。何もかも捨てて恋人の元に行った事をもって彼女の事を悪く言う人も大勢おられます。ご主人と離婚し正式にカサドと結婚し、それから2人でデュオを組んでヨーロッパ中を演奏旅行に出掛け、これがまた大評判になるのです。実際の演奏は素晴らしいし、原智恵子さんは大変な美人ですから。それにスキャンダルのおまけ付きですから。
大体、スペインの人は情熱家が多いと言いますね。イタリア人もそうですが街を歩いていて美しい人に出会ったら声をかけるんですね。大体の男は。それが美人に対する礼儀だと思ってるんでしょうね。
この曲はスペイン語でレクイオブロスと言います。それでは意味が分からんと日本語で「親愛の言葉」とされていますが、間違ってはいませんが、正しくは「口説き文句」なんだそうです。意中の女性を自分の方に関心を向けさせるための言葉だそうです。曲は本当に情熱的な曲ですね。カサドが原智恵子さんのハートを射止めたのも良くわかりますね。

プロコフィエフ
セルゲイ・プロコフィエフ作曲:チェロソナタより第2楽章。
演奏:アルト・ノラスvc、イーロー・ヘイノネンpf
社会主義国ソ連の2大作曲家と言えばやはりプロコフィエフとショスタコーヴィチでしょうね。2人とも自分の表現したい芸術を社会主義国家の為に捧げなくてはならない悔しさが作品にに出てますね。彼らの才能は理想の国家実現のために国民を元気付け明日の革命のためにやったろうと言う気にさせないといけない、と言う風に定義づけられて自分が作りたい音楽を作曲出来なかった時代でした。
プロコフィエフもショスタコーヴィチも2人ともチェロソナタを一曲づつ作曲しています。ソ連の世界的チェリストであるムスティスラフ・ロストロポービッチが居たおかげでこれらの二つのチェロソナタが生まれたといってもいいかも知れません。
今日はそのロストロポービッチじゃ無く隣の国フィンランドのチェリスト、アルト・ノラスの演奏で聴いて頂きました。

5/31 OA楽曲とコメント

カサド作曲 無伴奏チェロ組曲1楽章

ガスパール・カサド作曲:無伴奏チェロ組曲
演奏:ヤーノシュ・シュタルケルvc
ガスパール・カサドは存命中は人気の名前の知られたチェリストでしたが亡くなって半世紀程経つと演奏家は忘れられて行く傾向に有ります。この番組は忘れ去られようとしているチェリストに光を当て知って頂こうと言う狙いも有ります。しかし、カサドは数多くの編曲と共に作曲作品も書いており作曲家として名前を残すかも知れません。
彼の作品で一番演奏される機会が多いのは“愛の言葉”と言うショートピースですね。大きな作品としてはこの無伴奏組曲とチェロソナタです。
無伴奏のチェロの作品を書こうとする時に現れるのがバッハの6曲の無伴奏組曲です。どうしてもこの曲を意識してしまいますね。この曲を聴くと如何にもスペインと言う感じがしますね。カサド自身が演奏したレコードは無く初めてこの曲をレコードに録音したシュタルケルの演奏で聴いて頂きました。

 

プロコフィエフ 協奏交響曲

セルゲイ・セルゲーエヴィチ・プロコフィエフ作曲 アンダンテコンモート チェロとオーケストラのための協奏交響曲  演奏:アンドレ・ナヴァラvc、カレル・アンチェル指揮チェコフィルハーモニー
プロコフィエフはロシア革命で社会主義政権を嫌って海外に脱出しました。彼の家は大地主だったんです。しかし、革命後のロシアの様子も分かって来、彼自身故郷が恋しかったんでしょう、ついに故郷に帰って来ました。革新的な作曲家は皆そうですが、現在よりも時代の先にあるだろう音楽を書こうとします。彼はニューヨークに滞在してジャズの影響も受けヨーロッパの12音技法などの新しい音楽を取り入れ様としますが、共産党一党独裁国家では音楽も革命達成のためにその役割を担わされました。ロシアは王政を倒し社会主義国家を作ったものの、理想的な社会で有る共産主義に向かって更に前進しなければならないし、反動分子を排除してゆかねばならないしと言う認識を持っていたんです。プロレタリア革命に芸術も音楽も奉仕しろと言う事です。プロレタリアと言うのは大衆と言う事で一部の先進的な愛好家だけが分かるというものではなく、誰もが分かる平易な曲で有る事を求められました。そして、気分が落ち込んだり、やる気が損なわれたりする音楽は頽廃的であるとされ、苦難を乗り越えて最後には高々と勝利のファンファーレがなる様な構成の音楽が求められ、新しい作品が上演される度にそういう観点から批評された時代でした。プロコヒエフもジャダーノフと言う人に一時批判され、作曲家として生きて行くためには共産党の意向に沿った音楽を作曲して行きました。
この曲もそういう社会主義リアリズム路線に沿って書かれた作品ですが、とても素晴らしい作品に仕上がっています。やっぱり、プロコフィエフともなれば自分の好みに沿ってなくてもこれだけの名作を書けるんだと感心しますね。
元々この曲はチェロ協奏曲第1番として書かれて出版もされた作品を改作したものです。チェロ協奏曲はチェロが主役でオーケストラがその伴奏をすると言うスタイルなんです。交響的変奏曲と言うのはチェロが主人公なんですがオーケストラの一部分と言う位置づけです。チェロの良いところは減らされオーケストラが活躍する様に書き変えられました。演奏時間も長くなり難しいと言う事も有って中々演奏される機会が少ないです。一方元のチェロ協奏曲の方も書き換えられたので演奏される機会も減ってます。
初演はロヅトロポービッチのチェロとリヒテルが指揮して行われたと言う事です。ピアニストのリヒテルが指揮したのはこの時が最初で最後だったと言う話です。